友人にくっついて蜂須賀虎徹観てきた
私→審神者、病気で求職中なので時間はある人、刀観るの大好き(好きだけで詳しくはない)
友人→蜂須賀虎徹が初期刀の審神者、刀はあんまり、バリバリ働いてる
友人から行く?と聞かれたので、虎徹は観たこと無かったので行くと答えて、大崎市古川へ行ってきました。
私は越後に住んでるんですけども、行き方がわからず(二人で検索したけど仙台経由しかでてこなかった)みどりの窓口の人に古川?というとこへ行きたいんですよと伝えたところ、古川駅は新幹線が通るらしくおまとめしますねと直通切符が手に入る。アチィ!!!
なんかあると嫌だし、仙台は経由せずに古川へドーンと行く、友人と会場までの行き方がわからないから下見するかとその為に20分くらい歩く、無職の運動不足には辛かった。
友人「パパ好みの看板まで行こう」
私「なんて?」
どうやら、古川にはパパ好みという名物のお菓子があるらしい、ホテル近くのコンビニで買って帰りました。
会場は市役所のためか、割と真っ直ぐ歩けば着く仕様でパパ好みの看板と道の駅おおさき発見(この道の駅おおさきのソフトクリームすごく美味しかった)して案内にもあった片倉病院を抜け(片倉と冠するだけあってめっっちゃ大きい病院だった、宮城県に置ける片倉苗字の偉大さを感じる)市役所へ到着、友人と二人で周囲をフラフラしていたら、刀剣鑑賞の方ですか?と財団のお姉さんに話しかけられ、整理券を貰ってしまい、あれよあれよと良かったら財団で販売している出汁(めんつゆのようでめんつゆじゃない、上品な味)と大倶利伽羅ドリンクをウェルカムで頂いて、受付のお姉さんに入場料を払って、中へ入れてしまいました。
刀剣をじっくり観たいし、人混みあんまり好きじゃない人は午後もご検討下さい、こんな感じでスムーズ入場出来ます。
会場は市役所を改造してあり、普通に市民の方が相談へ来ているし、真剣な顔で職員の皆さんが労働しているのがロビーから見えます。
求職中の私には眩しすぎました、頑張ってください……私も頑張ります。
会場は一階で刀剣についての説明(肌や刃文などの違いやどんなものがあるか)に始まり、二階は実際に刀剣の説明&刀工の説明&刀の云われなどが観れます。二階だけはスキップして観れますが、混雑具合では徐々に進むのをおすすめします。
噂の源清麿ゾーンですが、大ボリューム!短命の刀なのですが、初期全盛期晩年と観れるかつ、清麿さんの享年がそう離れて無くて、似た年齢の審神者はキュッとなれます。おそらくですけど、遠因だろうと思われる一つがアルコールなので、気をつけよう生活習慣と言われている気持ちになれます。(社会人経験済)
他にも正宗、安綱、近代史の英雄の刀もあって、普通に見どころ満載ですが、履き慣れた靴をおすすめします。立ったままの待機も多いので、足が痛くなります。
予定などで、午前中に行く人は熱中症や雨の対策もしてください。食事に関してはキッチンカーで軽食も料理も展開してますし、私が2回目に行った時には婦人会の方がお惣菜を売っていて、玉こんにゃくとかありました。暑いのにお疲れ様です。
あと近くにコンビニや、道の駅おおさきでも食事が取れますし、マップの商店街にもお店があるので困らないと思われます。
蜂須賀虎徹ですが、二階の展示場の一番奥で出迎えてくれました。ケースの中には彼の存在を証明するものも入っていて、財団からの蜂須賀虎徹くんを拝む為の修行だ………わかったな?という圧みたいなのを感じました。押忍。
更に奥には乱藤四郎と贋作として売られてしまった偽乱藤四郎も比べられるようになっており、転売ヤーの啓蒙晒し上げ会場と化してました。
そして、そのまた更に先では大倶利伽羅が最後に鎮座してます。私は伊達組スキーなので実物めっっちゃカッコよくて、好きな刀にリストインしましたが、一回目は警備の人が居るから、混まない程度に観てね!方式だったのが、翌日二回目は、2分間、数人と部屋の戸が閉められて堪能していって下さい方式になっていました。
ありがてえけど、フィクションだったらデスゲームとか始まってた。
次に宮城行くときは牛タン食いたいな……
久しぶりにAYAKASHIの方の化猫観た
相変わらずひどい後味の話だった……。色々考察ブログ読み返して48時間だから明日までは、モノノ怪のプロトタイプというか前日譚である、怪〜AYAKASHI 化猫から一期のモノノ怪(薬売りさんが櫻井孝宏さんのバージョンです)が観れます。
んで、私は割とモノノ怪の方は観てるんですけど前日譚の化猫は記憶が曖昧だったので観たんですけどモノノ怪よりグロいぜ!
↓以下、自分用情報整理(名前が一部しかわからない)
●坂井家
じいさん(隠居)
じいさん長男(現当主)
じいさん次男
長男の嫁(ミズエ)
長男夫婦の娘(マオ)
●家臣群
オッサン(丸顔)
若いオッサン(細長い)
小田島様(新参)
●下働き
御局様
カヨ
ジーサン
この話、ネタバレすると暴君隠居が当主だった頃に攫ってきた女性が妖怪と化したみたいな話なんですけども、元ネタは鍋島化け猫騒動と呼ばれるお家騒動からの噂話らしいのだが、私はこの話に女子高生コンクリート事件(検索すると出てくる実際の事件、かなり胸糞悪いというかグロいので読む時は覚悟して読んで下さい)をちょっと思い出した。
んで、隠居が攫ってきたのがタマキという女性なんだけども多分だけども漢字は違うだろうけど、環から取られてそう、もっというと娘のマオは猫の中国語読みっぽいよね。
この家、歪なのが隠居と次男に嫁が居ないんだよね。尺の都合も有るだろうけど、なんかこう嫌な想像が出来て嫌だ。
坂井家は攫ってきたタマキを監禁する部屋まですでに有ったので、あの隠居は多分だけどタマキの前にも余罪が有りそうなんだよなあ、しかも長男の嫁に、隠居が迫ってるのでマオが誰の子供なのかもわからないというか、この家が異常なのはマオの死亡に関しては男性陣がかなーーり淡白なんだよな、しかもこのマオという娘さんは、借金のカタに嫁へ行くので、もっと彼女の死についてそれこそ長男の嫁さん並みに発狂してないとおかしいのだが、取り乱しているのは奥さんだけ、あとはシラーっとしてるのが怖い。
そして、その男性陣が人間らしいというか感情を込めたような声を出すのは、次男は猫を斬った時の話、長男はタマキを襲った時、隠居は誰かを嬲ってる時なので、男が女を押さえつけて、隠居という男に認められたミズエさんという名誉女性しか口を出せない、御局様はそれを全て理解してたんだけど、彼女は彼女でそのはけ口をタマキに求めて、すべての暴力と理不尽を持ってタマキは亡くなった。
これが真だったので剣が抜けて解決したんだけど、やっぱり胸糞悪いなあが正直。
これは妄想だけど、武士の家庭ならば隠居も次男も嫁を取ってただろうから、一体、二人の伴侶はどういう設定でもって居たんだろうな、あの部屋で頓死とか、あとは刀で切り付けられてそうで嫌だなあ………。
刀剣乱舞と荒御魂と和御魂
図録4が届きました(襖パァン!)
実休光忠も手に入れました!(なんと今回はノー課金!)(いつも十倍枡買ってた)
ということで、この二つの要素から刀剣乱舞における荒御魂と和御魂の話をしようかなと久しぶりにブログにしました。
なんでかというと図録4で一文字則宗さんの設定画が観れるのですが(全世界の絵師の先生の皆さん、ありがとうございます。ガチで末永く健康で居て下さい)この荒御魂と和御魂の考察に則宗さんの設定画について触れるのでネタバレが嫌な方とまだ図録買ってねえ!の人はこのままブログを見なかったことにして貰えると助かります。
ということで荒御魂と和御魂についてですが、最近のゲームでも採用されてるので知ってる人が多いのとウィキペディアやブルーアーカイブ、FGOを履修、考察してる人よろしくな!というとこで此処ではかなりざっくりと言うと、そもそも神様って人間と一緒で「短所」「長所」があって、荒御魂は短所、和御魂は長所と思ってください。すごい荒っぽい説明なので、アレですが、これには特別な理由があって神様は元々が自然であることが多いです。
夏なので雨を考えると、雨が降ることについては長所があります、水は命あるものは全て必要です。人間、動物、植物、全部が水が必要なのですが過剰に降れば洪水や浸水、ダムの決壊を引き起こし、災害を齎す、これは短所です。
なので神様は荒々しい一面と穏やかな一面があるという風によく考えられていますし、日本は無宗教とも言いますが自然を信仰対象にしています。
自然を擬人化した神は特に荒々しい性格な事が多いです。ここで刀剣男士に当てはめて行きます、唐突ですが公式から被災されたと思われる刀剣男士をざっくり挙げていきます。
一期一振、実休光忠、燭台切光忠、宗三左文字、鯰尾藤四郎、骨喰藤四郎、御手杵
ここまで挙げると、攻撃的というか好戦的な性格の刀剣男士が居ないと思われます。
宗三左文字って好戦的じゃん!と思われる方も居られると思いますが彼を近侍にすると解るんですけど(なんとなく私は彼を近侍にしてたので知ってたんですけど)これは左文字兄弟全体がそうなので宗三左文字が目立たないだけで宗三左文字は心を病んでるんですよね。
江雪左文字、小夜左文字の場合の病みは「自己の器(刀としての自意識)と物語の大きさの剥離」つまり江雪左文字は和睦という平和を願いながら自分は刀としての最高傑作という自己矛盾を抱えながら生まれ、小夜左文字は復讐は果たされた筈なのに、再び復讐を自己が望むという自己矛盾を抱えながら誕生していると思います。
宗三左文字は常に悲しげに自分は籠の鳥と称しますけど、本当は魔王信長が今川義元から奪った戦利品であり、天下人を渡った刀なので物語の大きさについては矛盾は無く、じゃあ病み要素は何よと言われたら本能寺で焼けたことでしょうな!となる。
多分ですけど宗三左文字の素って江雪さんや小夜ちゃんや太閤くんと一緒に居る時だと思うんですよね、基本的に面倒見が良いお兄ちゃんというのが宗三左文字にとっての和御魂であり、焼けた宗三左文字は荒御魂になってると思います。
2回焼けた実休光忠は、現在、和御魂モード進行で一期一振も和御魂モードだと思います。
おそらくこの二振りは元々は武人ぽい同田貫くんとか長谷部くんとか蜻蛉切さんとか日本号さんとかああいう感じのカテゴリに入る感じだったのではないか?と推察してます、焼けた事により荒御魂モードが無くなってしまう、御手杵くんは闘志は失ってませんが空襲前はやはり荒御魂寄りの性格だったのではないか?と思います。
個人的に燭台切光忠も現在は和御魂モードだと思っていて、舞台刀剣乱舞の悲伝で彼は、僕は戦うよりも料理の方が向いてるんじゃないか?と葛藤して歌仙さんから窘められるんですけど、原作ゲームのボイスでも実戦向きでね!という自称はしてますが、燭台切光忠って優しいじゃないですか、彼も被災刀剣なんですよね。
つまりは刀剣男士にも荒御魂(好戦的な性格)と和御魂(穏やかな性格)の部分があるけど被災刀剣や物語の瑕疵がある刀剣はどちらかが欠けてるんじゃないかという考察です。
前置きが長いよというコメントをお待ちしてます。
この瑕疵のせいで片一方になったんじゃないかって筆頭が個人的に一文字則宗なんですよね。
図録の絵に入れ墨をした一文字則宗が居るんですけど、この則宗は全ての則宗の意識集合体(同田貫正国と構造は同じ)で一文字推し審神者によれば山鳥毛さんは似た赤いあざが興奮すると出るみたいなので、この入れ墨が現在の一文字則宗には存在せず、一文字一家との回想だとみんな「いきなり組長帰ってきた!?」みたいなノリを考え、彼が自称隠居であるのは「則宗も一度は刀としては壊れた」からで、彼は現在好好爺なので荒御魂を破損してるだと思います。
だから、山鳥毛にそのまま長の座を預けてるのでしょう。
同じ様に考えると、古備前派としてのアイデンティティに葛藤する鶯丸は膨れという刀特有の死の病に掛かり、そこから奇跡的に復活しています。
あとは私の推し鶴丸国永もですが、彼は「物語に見合う器はあるが、器に見合う魂(物語)が曖昧」という状況であるので、墓に入れられて暴かれたという物語を噛ませることにより、宗三左文字とか燭台切光忠みたいな運用をされているのではないか?とも考えています。
そのせいなのか知らないですが鶴丸国永は生きたまま死んでいる(肉体は生きているが、それに足りうるアイデンティティが枯渇している)状況になってしまい、生と死などの境界を認知する力に長けてしまったのだと考えています。
鶴丸国永と愛着障害
鶴丸国永大倶利伽羅双騎出陣の千秋楽の日にこんなツイートを発見しました。(Twitterのスクショをそのまま引用するので、気になる方は該当ツイのアカウント様の発言をごらんください)
これを見て、才能があるということはかなり強く揉まれて来た、心の傷がある人となっています。
この発言の最初は政治家のビスマルクさんという人物の逸話からのようです。
彼の偉業はWikipediaで見てください。
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%83%E3%83%88%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%93%E3%82%B9%E3%83%9E%E3%83%AB%E3%82%AF
このビスマルクという人とにかく才覚がある人ではあるんですが、過食という精神障害も抱えていたそうで、結果を言えば才能があるということは、一種心のバランスを取るのが大変という事です。
ツイートを見ていた時に思ったのですが「鶴丸国永はそういう部分あるな」と……双騎出陣が来た事で鶴丸国永に対してのミュージカル側の情報提示はある程度終わったのです。
舞台本丸も无伝を上演し、第一部は完になっており、2.5側の情報と原作ゲームの鶴丸国永と照らし合わせ濾過した「共通点」があることに気が付きました。
これは再虚伝義伝悲伝を演じた健人さんの鶴丸国永
虚伝旡伝維伝を演じた染谷俊之さんの鶴丸国永
にも共通します。ミュージカルにおいて演じてる岡宮来夢さんの鶴丸国永にも顕著にあったので(逆にミュージカル本丸はわかりやすかった)考察として書いておこうと思います。
原作ゲームの鶴丸国永は墓から掘り出されたこと、驚きが好きなことを提示されます。
これをザクッと考えると鶴丸国永は他の刀と明確に違う部分があります。「死」という異物を物語の中に内包してるんですよね、他の刀剣男士にも物語の齟齬として影響のある個体は少なからずあります。
この刀剣男士の物語は我々人間にとって精神状態に似てます、人間に喩えれば虐待されて育った人とそうでない人では、将来的に与える影響が全く違ってきます。
鶴丸国永は虐待されたわけではありませんが、本来、刀というか物が持っているにはかなり重たい「墓へ入った」という物語を持ちます。
日本神話で有名なニニギノミコトの結婚の話で、ニニギノミコトは美しいコノハサクヤヒメだけを選び、イワナガヒメを拒絶します。
これは、素直に受け止めればやべー男なのですが、この二人の姫はそれぞれ「生のコノハサクヤヒメ」「死のイワナガヒメ」と別れており、この2つを取り込むことにより「生きながら死ぬ状態になる」ことで、不老長寿を神は獲得しています。
ニニギノミコトは死を拒絶し、限りある命によって生きることを選びました。なので、我々人間には寿命があると言われています。
これを鶴丸国永にあてはめると彼は御物ではありますが
、元々は太刀です。付喪神は人間が居ないと存在せず、鶴丸国永は人間が信仰したことにより生まれた付喪神と考えると人間が願った器の中に死が入り込み「擬似的に生きながらにして死んでいる状態」になっているのでは無いか?と考えました。
そうするとどうなるかというと、鬱病に似た状態になるんじゃないかな?と鬱病や抑うつ状態を経験したことがある人は多いと思いますが鶴丸国永は常に精神的に不安定な状態を顕現時から強いられて居るのでは?と考えます。
かなり昔に、原作ゲームの声を担当した斎藤さんが「鶴丸国永は寂しがりやと解釈した(意訳)」と言っていたのもなんとなくわかるのが2.5本丸の鶴丸国永は「試し行動」が多いと思うんですよね。
試し行動についてはGoogleで検索してもらうか、とりあえずカウンセリングルームのブログを引用として貼り付けます。
https://antenote.com/adult-trial-behavior/
鶴丸国永の露悪的な言動、落とし穴を掘るなどの驚かせ行動、驚きが欲しいという性質は逆を言えば「愛されたい、自分が此処にいる実感が欲しい」ということだと考えると寂しがりやと表現した斎藤さんスゲーなってなりましたよね……。
鶴丸国永の驚きってどんなものか7年間引っかかっていたんですけど自分自身が此処にいて愛されてる実感が欲しいということならば、なんとなく今まで理解出来なかった部分が自分の中だけですけど説明つく気がします。
•義伝において黒くなった鶴丸国永が黒甲冑の意識をコントロールする描写があったが、それでも最後まで仲間と斬りあった
•旡伝において、三日月宗近にどうして狂わずにいられる?と問いかけた
•仲間のこと心配したり、気にかけるのに自分の話はせずに時には仲間を突き放したような態度をとるミュ鶴
これらが試し行動ならば、悲伝の時に三日月宗近に色んなものを突きつけてきた鶴丸にも説明つくなと思いました。
あと、こういう試し行動をする人は試し行動をする相手も見極めてますとのことで、なので旡伝の時に三日月の周りをチョロチョロやってた鶴丸国永はきっとこれも三日月を試してたんだろうなと、健鶴は真っ直ぐ三日月を試してましたけど、染鶴は三日月と同調しながらも最後の最後にどうして狂わずに居られる?と問いかけたところを見るに、染鶴はひろちかに心を預けられるかどうか葛藤があったのかな?と考察すると沼が深え、ビールくれや……。
あと、ミュージカルの双騎での来鶴は精神的に不安定に演じられているので伽羅ちゃんとのすれ違いもありますがその冷たさや自分を含めて何ものにも執着しなさ、されなさ、笑顔で取り繕って居るがその本心の中に喪失感と寂しさがあるのが理解できる、うっ大将ビールおかわり……。
三日月と鶴丸の色についての考察
こんにちは、前からYou TubeでSound Horizonさんが楽曲公開を行っていたのを今更ながらに知りました、ヲタクです(自己紹介)
それで、Sound Horizonさんのアルバムの一つである「Märchen」なんですけど、これの考察をしているブログやツイートを読み込んだ時にですね、以前Twitterにて私が考察していたものがありまして、テーマとして発表します。
「青黒という色の組み合わせは白金と同一」
これもTwitterで話題になったんで、誰か知ってると思いますが青黒のドレスが白金の色配置に見える錯覚、錯視の記事がありまして、現在でもGoogleで「青黒ドレスと白金ドレス」とか検索すると出てきます。
この錯覚についてざっくりと説明すると、色相が正反対になるものはそもそも我々が色を認知する光に当てると反対になるので、黒と白、青と金(黄)についてはある意味で同一の下地を持っていると科学的根拠として説明出来るそうです。
↓一応、該当の記事を貼っておきます
https://www.gizmodo.jp/amp/2015/03/dress_blue_white.html
それでこの青黒と白金なんですけど、Sound Horizonさんの話がここでやっと出てきます。この楽団さん、考察が好きな人には有名なんですけど、知らない人も居たらアレなんで、ざっくり言うとストーリー仕立ての楽曲を発表してまして、Märchenというアルバムですがこのアルバム一つで舞台や映画が出来ちゃうくらいのストーリーが展開されています。
そして、Märchenの舞台は魔女狩りやペストが流行した時代です。
↓気になる方はこちらのリンクかYou Tubeで検索してみてください。
"Amazon | Marchen | Sound Horizon | アニメ | ミュージック" https://www.amazon.co.jp/Marchen-Sound-Horizon/dp/B0043BOQO8
中世のヨーロッパには切っては切れないものとしてキリスト教があります。文化に置いても歴史においても宗教は人間を救うためのものとして進化してきました。
このMärchenを考察するアカウントさんで「青の衣を纏った人間は宗教的に見て聖母を表す」というものを拝見しました。
そしてこれには続きがあって書き出します。
青の衣を纏った存在は聖母とみなし、白の衣を纏い金の意匠を持つ存在は聖母から生まれし救世主と見なすといものです。このMärchenには、7つの物語、ストーリー進行をする男性と可愛い女のコの人形の他に自分の生い立ちを歌う歌姫が存在します。
そして、それぞれが七つの大罪と連動しており、七つの大罪には動物が組み込まれているのですが、一部違っていたり歌詞カードなどを眺めることにより理解もできます。
その中のヒロインポジションの歌姫にはユニコーンが当てはめられており、ユニコーンは貞淑の象徴ですが他にも白と金を使うことから救世主であり、月の象徴も表すそうです。
ここまでの話から妄想すると、刀剣男士三日月宗近の配色は差し色で白は入りますが主な使用配色は「青と黒」次は鶴丸国永、主な使用配色は「白と金」です。
つまり色だけを見ると、三日月宗近は聖母を表し、鶴丸国永は聖母から生まれる救世主を表します。
これがこのまま二振りの関係性に当てはまる訳ではないです、なので私はこう解釈します。
「鶴丸国永は三日月宗近の物語から派生した刀剣男士である」
つまり、三日月宗近の物語という母体から誕生した刀剣男士が鶴丸国永であり、鶴丸国永は三日月宗近とは同じ親をするというより三日月宗近が鶴丸国永の存在補填する関係性だと思考します。
これもTwitterで呟きましたが、グランブルーファンタジーのルシフェルとサンダルフォンのような関係性と言った方がこのブログ読む人には伝わりそう。
グランブルーファンタジーのルシフェルはサンダルフォンという天使(あくまで誤用します)を作り出した話があるんですけど、それはゲームで読んでみてください。
でももしかしたらですけど、三日月と鶴丸が共通する親のような存在があって二人が双生児のように誕生したという線もありそうでわくわくします。
刀剣男士と悪魔の証明(刀剣乱舞無双の話)
刀剣乱舞無双伯仲の章をクリアしました!ワーパチパチ!内容のネタバレとか会話とかの話はしませんが、作中での山姥切国広と山姥切長義のやり取りなどを聞いて「私個人が感じた事」を語ります。
そもそもこの二振りの成り立ちって山姥切国広が写し、山姥切長義が本科ということになっています。
刀剣の写しとは、その刀工が目の前にある名刀を見て研究し姿を写したものです。堀川国広が長尾顕長という武将に依頼され、現在の足利市で打ったものが山姥切国広、元になった山姥切という刀は長船派の刀工である長義が打った「太刀」です。
ここで、伯仲村のヲタクの方が詳しいけど私が調べた限りの事をざっくり書くと、この長義という刀工は現在の徳川美術館さんに所蔵される打刀、つまりは原作ゲームの刀剣乱舞に出てくる山姥切長義の刀身モデルになったと思われる本作長義を打った人と同一人物だと思われます。(京都博物館さんでの聚楽第コーナーで見ましたが思ったよりゴリゴリにゴツい刀でした)
彼は鉄砲水により壊滅した長船の里の生き残り(長船派の刀工集団は住んでいる岡山の村が鉄砲水により殆どの刀工が亡くなった為に崩壊したのが現在の主流です)であり、彼はあの相州派の正宗へ弟子入りし、唯一無二の作風である相州長船というものを作り上げた人です。
なんでもそうですけど、物を作り上げて自分のものにするのは大変なのは同人誌作ったことあるヲタクは理解できると思うので本作長義先輩パネェ!かっけえ!すげえ!ってなる、私はなる。
でもその本作長義さんが打ったとてもすげえ、山姥という鬼をも斬れると評判の山姥切は現代には存在しないんですよね。残されたのはその山姥切を模したとされる山姥切国広なんですけど、ここで題名の悪魔の証明が入るんですよね。
資料にも現実にも山姥切は存在せず、まさしく存在証明が写しの一振りだけに集約されてしまい、山姥切国広が存在しているから、山姥切が存在した!山姥切国広が素晴らしい刀だから山姥切だって素晴らしい刀だ!という暴論と、写しとは本来どんなものなのかという知識を我々が失ったが故に刀剣男士の山姥切国広はあれだけ拗らせた性格をしているとも言えます。
じゃあ山姥切長義ってなんなの?という推論を話すと、彼は彼で山姥切国広へ向かった暴論の被害者とも言えます。彼は恐らくですが、山姥切国広が居なければ本作長義という刀の集合体、和泉守兼定などと似た存在定義で刀剣男士として顕現していたと私は考えています。
そこに「太刀であり山姥切国広の本科である山姥切を打った長義」という物語が入り込んでしまい、彼は自己を山姥切と定義して刀剣男士として顕現してしまったのでないかと思いました。
本作長義の集合体であり、山姥切国広の本科である山姥切長義は本来よりもかなり不安定な個体、だからこそ山姥切国広を否定することでアイデンティティを保っているのかなと、長曽祢虎徹を贋作だと蜂須賀虎徹が否定することで源清麿へ集合されない逆を山姥切長義はやっているのかもしれない、伯仲の章でもしもこうだったら悲しいなぁと思ったという話でした。
献上記念日だし、鶴丸国永の話をしよう
令和になって、また鶴丸国永献上記念日がやってきました。なんの御祝いも出来なかったんですが、最近、素人考えで考察した個人的な鶴丸国永論を気持ち悪く語っていこうと思います。
結果から言うと「鶴丸国永の驚きを求める側面とは、神話の豊穣神の二面性に近いのではないか説」です。
鶴丸国永って割と真面目な気質な刀であるんですよね、でも軽妙でお祭りや驚きという心がわくわくすることが好きな、でも戦いを忘れない、極みの手紙の中には鶴丸国永が「何故自己が驚きを求めるのか」という考察をするんですけど(修行行かせてない審神者さんすいません)この驚きを考察する鶴丸国永が松を象った衣装で来るというのも繁栄を意味する植物=豊穣を祈っているという事だと考えると、鶴丸国永の二面性は豊穣の神の二面性に近しいのかな?と……。
有名どころだとギリシャ神話のハデス、そして日本神話だとイザナミノミコトなどは冥府と豊穣どちらも持ってる属性の神様です。
後はイシュタル、この神様も豊穣の神様ですが割と気性が荒く、兄弟に冥界を司るエレキシュガルという神様がいます。
つまり、作物を育て豊かな土地になることと、その土地が作物を作らず土壌を休ませることは昔から同じものとされていることが多く、墓入りをして人々の死や滅びを見守った鶴丸国永にも同じ現象が起きてたら面白いなぁと、それが驚きなんじゃないかな?と驚きって色々ありますが滅びを見守る老成した人を突き放す死(老人)の部分と、心が躍るような勝負や楽しみを得る驚きという生(若者)の部分で鶴丸国永は構成されているのかな?と、どちらも知るということはあの刀は豊饒を司どると言っても過言じゃないかもしれない……。
みっちゃんや桑名くんからは大好評そう……。もしかして、みっちゃんが色んなメディアミックスで鶴さんに懐いてるのそこなのだろうか、みっちゃんはどちらかというと「命あるものを育てる、守る」という側面が強い刀だと思うんですよね。
これは伊達の刀には誰にも言えることで、極めてから顕著に伽羅ちゃんは統率に振って来てますし、貞ちゃんは太陽の鎧の格好をして帰ってくるので彼らは「豊饒を維持し、守り、鼓舞する」事が元来上手いのかもしれない、何かを守る為に戦える刀なのかな?と、そうすると豊饒と飢餓を繰り返す鶴さんの側にいる存在としては適任なんだよなぁと思った次第。